今回のテーマは「東の海(イーストブルー)のモデルとなった街」についてです。
ワンピースには、個性的な街が多く登場しますが、そんなワンピースの街のモデルとなったであろう実在する街について、ご紹介していきます。
東の海(イーストブルー)とは?



ワンピース 3巻 第22話
偉大なる航路(グランドライン)と赤い土の大陸(レッドライン)によって4つに分けられた海の1つです。
グランドラインを隔て、南の海(サウスブルー)と隣接し、レッドラインを隔てて北の海(ノースブルー)と隣接しています。
主な国家は以下のとおりです。
- ゴア王国…世界政府加盟国、ルフィらの生まれ故郷であるフーシャ村がある
作中に登場した国名不明の街・村・島などは以下のとおりです。
- シモツキ村…ゾロの生まれ故郷
- 珍獣島…ルフィらがガイモンと出会った島
- シェルズタウン…モーガン大佐が支配していた街
- オレンジの町…バギーが占拠していた町
- シロップ村…ウソップの生まれ故郷
- バラティエ…サンジの働いていた海上レストラン
- ココヤシ村…ナミの生まれ故郷、アーロンパークがあった
- テキーラウルフ…一時ロビンがいた場所、天竜人の命令で橋を作り続けている
- ローグ・タウン…ゴール・D・ロジャーが処刑された街
ワンピース初期はほとんどが東の海を舞台としており、麦わらの一味も10人中5人と、半分が東の海出身であることからも、読者に馴染みの深い海域であるに違いないでしょう。
しかし、かつて0巻でシキが「最弱の海」と言い表したように、東の海で活動する海賊はそのほとんどが弱く、そのためか海軍の力も他と比べ「最弱」とされており、また本部との実力や士気がかけ離れているためか、シェルズタウンでの「モーガン大佐」やアーロンパークでの「ネズミ大佐」といったような海軍自体の腐敗も問題となっているようです。
一部の地域を除けば、凶悪な海賊がいないからか、治安は比較的安定しているようで、センゴクやガープのように東の海を最弱ではなく「平和の象徴」ととらえるものもいるようです。
フーシャ村


フーシャ村は、ゴア王国にある村で、ルフィやエースが育った街です。また、第1巻ではシャンクス率いる赤髪海賊団が停泊していた様子が描かれています。
そんなフーシャ村には、その名のとおり風車があります。

ワンピース 第1巻 1話
ネット上では、似ている風車があることから、「イギリス」ではないかといわれていますが、当ブログでは「オランダ」ではないかと推測しています。
理由としては、風車の形が挙げられます。イギリスとオランダの風車の違いについて調べてみたところ、イギリスの風車には、主翼の他に後翼(ファンテイル)と呼ばれるものがついているのが特徴となっているからです。
こちらが、イギリスの風車です。主翼の後ろに小さな回転する羽根がみえます。フーシャ村の風車には、このファンテイルがありませんから、オランダの方が可能性が高いのではないでしょうか。
海賊黄金期、オランダ出身の海賊も多くいたといいますから、可能性はゼロではないでしょう。
不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)



ワンピース 59巻 第583話
不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)とは、ゴア王国にある巨大なゴミ捨て場です。通称「ゴミ山」といわれており、12年前に貴族たちはゴア王国に天竜人らがくることを理由に焼き払おうとしました。革命軍によりある程度の住人は救出されましたが、犠牲となった人たちも存在します。
こちらに関しては、モデルとなった場所が明らかにされています。それがフィリピン・マニラに存在した「スモーキー・マウンテン」です。フィリピンのスモーキー・マウンテンにも国中のごみが運び込まれ、自然発火した煙が常に漂っていました。
現在は国のイメージを向上させるために閉鎖し、その周辺に住んでいた住人らも公共住宅に移り住むように手配が進められましたが、そのなかには日銭を稼ぐため、公共住宅を出て、別の処理場へ移り住んだ人もいるようです。
海上レストランバラティエ



ワンピース 5巻 第42話
サンジが働いていた、ゼフの経営する海上レストランです。サンジは副料理長を務めていました。海賊が襲ってくることも多いですが、それを撃退するほどの強さをもつコックが集まっています。新世界編以降では、大規模な改修が行われ、パティとカルネによって、海中デザート艦「シスターアンコー」、鉄板焼き艦「ナスガシラ2号」も併設されました。
バラティエというレストランの名前は、作者が高校時代にアルバイトをしていた熊本市のレストラン「薔薇亭(ばらてい)」だということがわかっており、ファンも多く訪れているようです。
また、ヴィジュアルに関しては、ベトナム・ホーチミンにある、「サイゴン レストラン クルーズシップ」がモデルではないかと言われています。
まとめ
いかがでしょうか。
作者の尾田先生は資料や史実をかなり引用されているようですので、様々な街にモデルがありそうですね。
モデルとなっている場所をめぐっているファンの方もいるようなので、気になった方はぜひ、レポートなどを検索してみるとよいかもしれません。